Diary December 2015

2015/12/03

このところ、思いがけない人たちから「この前、木蓮さん、○○の辺りにいませんでしたか?」という質問を複数回受けている。

日常生活の中で、職場や関係する場所以外で偶然に知り合いに会うことなど滅多にないことを考えると、

これはある意味非常に特異な現象だともいえる。

ふ~む・・・、これはひとつ、宝くじでも買っておこうか。と、さもしく考える。

 

それはそれとして、いよいよ師走。

何が起こるかお楽しみ。

2015/12/05

ようやく先日からの腰痛から回復しつつある。今日は久しぶりにプジョーを乗り回した。

しばらく前から健康維持のために自転車に乗ってきたのだが、今や老化防止のためというのが目的の筆頭になりつつあることを自覚する。

ああ、いやだいやだ。年寄りになんか、なりたくないよぅ・・・(涙)

 

本日の走行距離:32.3㎞、所要時間:約2時間、平均:15.1km/h、最高:38.4㎞/h、今年の累積走行距離:約2159㎞

 

2015/12/07

ガンバレ!あかつき!

 

この惑星が金星のようにならないようにするためには、利便性の追求に一定の制限をかけ、従来非効率とされ克服してきた多くの事柄を昔のように

(今の観点からすれば)非効率な方法に戻さなければならない。

つまり、車をあきらめて、自転車にするということだ。

火力も原子力もあきらめ、できる限り水力・風力・地熱・太陽光に賭けるということだ。

暑い夏には汗をかき、「暑い暑い、死にそうだ」とぼやき、寒い冬には震え上がって身体を震わせるということだ。

夏が暑いのは当たり前で、冬が寒いのは当たり前だと、誰もが再認識する時なのだ。

そんなことは、到底受け入れられまい。この国の民がそれを受け入れても、世界中の人々はどうだろうか。

だからこの星は、近々燃え尽きるのである。「欲望」という名の黒い炎に骨の髄まで焼かれて滅びるのだ。

それでも人々は、なぜ苦しいのか、なぜ滅びるのか、理解できないだろう。たとえ理解したとしても、その時はもうとっくに手遅れになっているのだ。

 

明日は研究室に来客があるので必死になって研究室を片付ける。

ほぼ一日がかりの作業となってしまったが、帰る時には自分でもびっくりするほどきれいに片付いた。

来客のプレッシャーがなければこうはならなかったはずだ。感謝しなければ・・・。

 

夕方に会議があったのだが、窓から見える夕焼けがものすごくきれいで思わず見とれてしまった。外に出て眺めたかったなぁ・・・。

この時間の浪費にしか思えない会議がなければ、有意義な時間になったはずなのに。

 

ほ本日の走行距離:21.2㎞、所要時間:1時間20分、平均:15.7㎞/h、最高:33.1㎞/h、今年の累積走行距離:約2180㎞

2015/12/08

ニイタカヤマノボレ

トラ・トラ・トラ ワレ、キシュウニ、セイコウセリ

なのである。

今日は開戦記念日ではないか。そのことにどこかのマスコミさんは反応しているのだろうか。

不戦の誓いを新たにするのであれば、向う見ずな大戦に踏み込んでいった開戦の日こそふさわしい。

原爆投下の日や敗戦記念日にだけ頭を下げるのは、戦死者を悼むことを隠れ蓑にして、

本当は平和なんか誓っていないのではないかと、疑ってしまうのである。

ましてや「平和を守るために戦います!」になってないか???

 

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まだ歩き始めたばかりの小さな女の子を抱っこする機会に恵まれた。

まるちゃんが小さかった頃のことを思い出した。この子もかわいいいけれど、まるちゃんもかわいかったなぁ・・・。

瞳がキラキラしていて、ほっぺが赤くて、抱っこしている時の幸せな感覚は、今はもうなかなか感じることができない。

 

本日の走行距離:約16km、所要時間:約55分、平均:17.2km/h、最高:34.7㎞/h、今年の累積走行距離:約2196km

 

2015/12/09

たまたま授業があったので学生に尋ねてみたら、やはり大半の学生が、昨日が開戦記念日であることを知らなかった。

まったく嘆かわしい限り。

 

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一部報道ではその容疑者は不審者を特定し追跡するテクノロジーによって逮捕されるに至ったのだという。

この国の水際はすでにSFの域に達した監視テクノロジーで守られているということなのだろうか。コワイコワイ・・・

「公衆」トイレを「無断」で使用してはいけないのだろうか?

「建造物侵入」の容疑とされているようだが、「公衆便所」という建造物に「無断」で入ると逮捕されちゃうわけか。

それって、かなり無理がないか?

この事件は、あまりに怖すぎる。というか、危険すぎる。

 

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2020年の国際体育祭に案内誘導用のロボットを実用化すべく研究開発投資を促進するのだと報道されていた。

仕事がなくて大変だと言っている人がたくさんいるはずのこの時代に、敢えて生身の人間ではなくロボットを使おうとする意図は何か?

先日の新型山手線車輛の制御トラブルの問題も、最終的には生身の人間を余剰労働力化するテクノロジーの出現の問題として捉えられる。

安易なロボット依存は人間とその社会をダメにする主要な要因のように思えるが。いかがだろうか。

 

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「消費経済」とか「消費社会」という言葉はそれ自体が多くの誤解を生む要因になっていると思う。

この国で「消費は美徳」とされるようになってもう40年ほどが経過した。

でも、本当に消費は美徳なのか?

やはり、消費は悪徳であり、消費は破壊なのではないか。

「消費」が「破壊」に置き換えられるならば、「消費社会」は「破壊社会」であり、「消費経済」は「破壊経済」である。

消費があらゆる社会のあらゆる側面を「破壊」している現状を考えれば、あながちこの言葉遊びは間違いではあるまい。

「消費」によって、後期近代はマクロな社会構造や政治システム、環境や人間関係をさまざまに破壊してきたのだから。

だから、

自動車の燃費性能によって累進課税をし、低燃費車への買い替えを促すことによって、自動車の消費を促進するという

新たな自動車税制の導入は極めて破壊的である。

そしてその経済に乗っていかざるを得ない私たちは、だから、きわめて悲劇的、いや、きわめて喜劇的である。

2015/12/10

 今年は雪は降りそうにないが、予想外の天候不順にはなりそうなので、念のためにスタッドレスへの交換をしなければと思っていた。

ただ、いつにもまして暖かい冬でもあり、腰痛もあり、なかなかその気にならないままでいた。

 そんな中、先日車に給油した際に、ガソリンスタンドのお姉ちゃんに取り換え工賃を尋ねたところ、1本1000円程度ということだった。

昨年スタッドレスへの交換を自力でやったところ、左の後輪だけが外れずにスタンドに持ち込むことになったのだが、今年も自力で交換

するとすれば、昨年と同様な事態になりかねないので、あらかじめ値段を確かめておこうと思ったのだ。1本1000円なら、まあいいか・・・。

 そしてまた別の日に、今度は別のスタンドで給油していた時に、そこに「スタッドレス交換キャンペーン」なる企画のポスターが

貼り出されていることに気が付いた。なんと4本2000円で交換してくれるという。1本500円ではないか。

 今まで自力交換をしてきたが、ホイールナットを緩めるためにレンチに乗って体重をかけた際に足を滑らせて足首を捻ったり、

着地に失敗して人前で仰向けに転がってしまったり、タイヤの出し入れで腰を痛めたりと結構トラブルが続いていたことを考えると、

1本500円での交換はそれなりに納得できる値段である。・・・ヨシヨシ今年はひとつスタンドで交換してもらおう、とタイヤを持ち込んだ。

 スタンドに乗り付けて、さっそくお兄ちゃんにスタッドレスへの交換を申し出ると、「お客さんの車はRV車で、必ずホイールバランス

の重りがずれているから、調整しないといけない。バランス調整に1本700円かかります」などと言う。

そんなことをしたら、5000円近くなってしまうではないか。これでは話が違う。ん~む、これだからスタンドでのメンテナンスは嫌なのだ。

とは言え、相手も商売である。なるほど、交換1本500円では、やはり元が取れないのだろう。バランス調整で儲けを取ろうという魂胆か。

 これまで30年近く車を運転してきて、ホイールバランスが取れていない車を運転したことは1,2度ある。あのカタカタとハンドルが振れる

感覚は不快この上なく忘れることはできない。なので、お兄ちゃんの言うとおりバランス取りが大事なことは認めるが、これまで何度となく自分でタイヤ交換をし、何万キロと走ってきた中で、バランスウェイトが取れたとかずれたとかいうことは一度もなかった。

一体このお兄ちゃんは何を言わんとしているのか。メカの苦手な人を相手に話すならともかく、ボクみたいなややこしいのを相手にその話は

危険である。とは言え、お兄ちゃんの言葉を全否定するのも面倒だし気の毒なので、「じゃあ、交換後に走ってみてダメだったら改めてバランス取りをお願いします」とやんわりと断り、とにかく2000円ポッキリで頼むよ、とゴリ押しをした。お兄ちゃんの表情が見る間に曇る。

元が取れない客ですまないねぇ・・・。でも、世の中そんなに甘くはないんだよ。

 他に客がいなかったこともあってか作業はスムーズに進み、20分程度で交換が終了した。

 そして、交換後の運転でハンドルがぶれることも不快な振動を感じることもまったくなく、スムーズに快適にドライブができたのである。

 

2015/12/12

林檎電話を使い始めて2年が経過した。ボクの電話は健全に動作しているが、まるちゃんの林檎電話は半年以上前に液晶を破損。

妻の林檎電話も今一つスッキリと動いていない。諸々の割引もひと段落しつつあることもあり、コストは上がるのだが6代目に機種変しようかね、

ということになった。

先日、このことをキャリアの窓口で相談すると、年内まで有効の割引クーポンやら何やらを利用すれば、まあ我慢できる程度のコストアップで

機種変が可能だという目途がついたのだが、ネックとなるのはまるちゃんの液晶破損。液晶破損の場合は下取り対象外なので、

多少お金がかかっても修理してからの方がお得でしょうね、とキャリアのお兄ちゃんがアドバイスしてくれた。

 

その話を受けて、今日はまるちゃんとリンゴ屋さんを訪ね、修理をお願いした。

リンゴ屋曰く。。。本体交換になりますね~。すぐにお渡しできますよ。有償修理プログラムの期限は、おおっ!、明日までですね。

明後日以降だと本体代金丸ごといただくことになりますね~

つまりは、今交換するしかないということで、即交換を申し出た。

話のついでに、下取りのことも話すと、「はいはい」という感じで聞いてくれて、「それでしたら、今交換したほうがお得ですね」と言う。

とは言え、交換代金にそれなりのお金を支払うのだが、交換してもらった新品の林檎電話はほどなくして下取りに出されるのである。

しかも加入しているキャリアのサービスで、うまくすればその交換代金もキャッシュバックされる可能性があるという。

 

ここまで来て、どうもボクはよく分からなくなってきた。

何か根本的に間違っているような気がする。ぃゃ、間違っていないとしても、ずいぶん無駄なことをしているように思う。

いらないものを買わされるのが消費社会の特徴で、ボクはまさにその術中にはまっているのだが、いらないものを買わされるだけでなく、

それを買うためにもっと無駄な手続きとくだらない消費をくだらなくないと思わせる言葉をちりばめられてごまかされながら、

いい様に利用されているような気がしてならない。

そう自覚しつつ、そこから逃れようとしない自分がとても嫌になる。

2015/12/14

先日、まるちゃんが学校の友達から「新世紀エヴァンゲリオン」のDVDを借りてきたという。しばらく借りているようなので、

ボクも見せてもらうことにした。

いまさら・・・という気がしないでもないが、90年代のアニメシーンをリードした偉大な作品を一度は見ておかなければなるまい。

ガンダムの時も、北斗の拳の時も、ボクはいつもオンタイムの時は醒めていて、ブームが一回り二回りしてから熱中するのだ。

まあ、要は単なるへそ曲がりで天邪鬼に過ぎないということだ。

思っていたよりずっとわかりやすいアニメで安心した、というのが第一印象。

ボクはてっきり『人狼』とか『ガサラキ』といったかなりコアなアニメのように難解で複雑なものかと思っていた。

そして、主人公(?)の碇シンジの すね具合 が、妙に福助が機嫌をこじらせたときの姿に重なって、思いのほか引きずり込まれてしまった。

 

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朝一番で病院に行き、検査結果を聞いて血を抜いてもらう。先月の結果も異常なし。また医者に褒められる。少しも嬉しくは、ない。

 

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機能不全に陥った「民主主義」の哀れさを目の当たりにして、もう笑うしかなかった。

組織として、自ら「詰んで」しまった状況にあることを、今日、ここにいたボク以外の誰かは気が付いていたのだろうか。

あの沈黙具合から察するに、おそらくそこに居合わせたほとんどが「次を探そう」と、決意してくれたことを願うのは、楽天すぎる・・・だろうなぁ~・・・。

発言するのは明日のない無責任なロートルばかり。

この姿は、この国の一つの「先端事例」である。ということはボクは今まで散々認識してきたことである。

決して対岸の火事ではない。「組織的自死」がこの世の中のいたるところに蔓延しつつある。

そうならないためにも、おかしいことは「おかしい」と、声を上げようね、とは、実はボクは言わないのである。

おかしなことは「おかしい」とは言わず、おかしいと思ったら、まず身を守る行動あるのみである。

できる限り巻き込まれないように自衛することが先決だ。自ら面倒なことに首を突っ込んでも誰も褒めてはくれない。

命あってのナントヤラである。

 

2015/12/16

無事「告白」を済ませ、想定通りすんなりと受け入れられる。

自分ができる手続きも粛々と進み、あとは結果を待つのみ。ひっくり返ることはまず考えられないので、まあ大丈夫でしょう。

 

ということで、いや~~~、実に気分晴ればれである。「王様の耳はロバの耳」と言ってしまった少年の気分がよく分かる。

景色がこれまでと打って変わって見えるから不思議だ。

あまりにスッキリした気分に浮かれて6階まで一気に階段を駆け上がっても、まったく息が切れなかった。

アドレナリンとはかくも人間を高揚させるものなのか。

 

先日の来客のおかげで研究室が片付いたのは良かったのだが、すっかりとすっきりしてしまった研究室を目の当たりにすると、

まるですべきことがすべて終わってしまったかのような錯覚に陥ってしまう。

しかし、春に向けてすべきことはまさに目の前に山積みで、今片付いているのは見られたら恰好悪いガラクタを必死に隠しただけに過ぎないのだ。

いかん、いかん、もう一度気合を入れなおして、早めに準備を進めよう。

 

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今日はすべての移動をMR4で賄った。

真夏とまではいかないまでも初夏にサイクリングをした時のような多量の汗を流した。

とても12月とは思えない。

何か月か前に、こうした天候不順は「異常気象」ではなくもはや「気候変動」として捉えるべきだという意見を耳にした気がする。

もはや、後戻りはできない、修復不可能ということか・・・。

 

本日の走行距離:約31㎞、所要時間:1時間50分、最高:40㎞/h、平均:18.1㎞/h、今年の累積走行距離:約2227㎞

2015/12/17

既にどこでも言われていることではあるが・・・

この時期に年寄りに現金をばら撒く決定をしたのは明らかに選挙対策。

軽減税率を丸呑みしたのは改憲対策。

としか思えない。たかだか一人当たり3万円が手に渡ったとして、この国の景気がぐっと良くなるわけではあるまいし、ましてや1回だけの給付金で

その年寄りの生活がぐっと楽になるというわけではあるまい。実質的な効果なんかまったく期待できないのに、そして結局そのつけは将来に回してしまうのに、

それでもセンセイ方がばら撒きたがるのは、結局巡り巡っててめえのためだということになるのだろう。ひとり3万円ばら撒いて、議会の椅子が確保できるなら

安いもんだという計算に違いない。そのばら撒くことにしたお金だって、センセイ方のポケットマネーじゃなく、ボクらのお金なのだ。

実に腹立たしい。

 

本日の走行距離:19.6㎞、所要時間:1時間15分、平均:16㎞/h、最高:42.3㎞/h、今年の累積走行距離:約2247㎞

2015/12/21

先日、生まれて初めてラグビーの観戦をする。

もちろん流行のニンジャ・ポーズを見るためである。

前評判的にも好カードということだったが、実際には相手チームの一方的な展開になってしまって、

下手をすればこの試合では彼のキックを拝めないかもと、半分諦めたほどであった。

あのタイミング、あの位置でのスクラムからのトライは、そして彼のなんとなくやる気のなさげなルーティン・ポーズに、

これはもしかして営業かな?と思えないこともなかったけど、まあそれでもかろうじて「ニンニン」を見ることができた。よかったよかった・・・。

ゴール裏の少し高い位置からの観戦だったので、パス回しや選手の動きを非常によく見ることができて、意外に面白かった。

 

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書類が無事に通ったそうだ。あ~これでスッキリした。

 

2015/12/23

今日は久しぶりに「あ、教えるってこういうことだよな」と実感することができた。

それが思い込みでなかったことを願っている。

 

それにしても寒い午後だった。朝は曇りだったので、日中は持つだろうと予測してプジョーで出かけたのだが、

帰り道は雨にも降られてしまい、指先がかじかんでしまった。

冬用のグローブを新調したのだが、今日のような寒さではちょっと間に合わないようだ。

もう少し断熱性能が高いと思っていたのだが、ちょっと期待外れである。これではロングライドには使えない・・・。

 

昨夜、待ち合わせの時間が予定より少し延びてしまったので、待ち合わせ場所の近くの商店街をブラブラ歩いたのだった。

さすが23区内でも特に垢抜けた地域だけあって、とてもおしゃれなお店が立ち並ぶ一方で、ボクが模型で作っているような昭和を感じさせるお店も

かなりあって、ただぶらぶら歩いているだけなのに、非常に楽しい時間を過ごせたのである。シラフだったのにもかかわらず、まるで酔っぱらいのように

あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、突然立ち止まりお店をじっと眺めたり・・・傍目から見て、相当不審な行動をとっていたのではないかと思う。

そう思われてもいいや、と開き直るくらいに夢中になって(?)散歩を楽しんだ。

その途中で偶然にもある自転車メーカーのショップに行き当たり、当然のごとくお店に立ち寄った。

クロモリ・フレームの乗りやすいシンプルなフレームで人気のそのブランドは、ボクもかなり前から気にしていたブランドである。

ちょうど店先に展示されているカスタム仕様のバイクはカーキ色のクロモリ・フレームに前後の泥除け、フロントバック・サドルバック、パニアバックが装着され、

サドルとハンドル・グリップは知る人ぞ知る超有名サドルメーカーのものが、そのテイストに合わせてペダルもアレンジされている。

その渋さに見とれ、「買いたいオーラ」を全身から発するとまもなく店員さんが声をかけてきてくれた。

聞けば、ベース車両が7万弱。前後の泥除けで1万、バック3点セットで3万弱。ペダルは除いて(!)、合計10万オーバーという代物だと判明した。

まあ、想定の範囲内。とは言え、その値段を出すのなら、別のメーカーの自転車で、廉価なパーツとバックを組み合わせた方がお得かなぁ・・・

ということも「勉強」させていただいた。

そして、今日。プジョーを走らせながら、新しい自転車を買うよりも、今一度プジョーに手を入れてもっと乗り続けるのも悪くないか、とも思ったのである。

すでに自転車屋からはリムが限界を超えていることが指摘されており、いずれホイールを交換しなければならないのである。

とすればドライブ・トレーンを中心に一新し、さらなる寿命の延長を図ってもよい。戦闘機でいえば「近代化改修」というやつである。

いずれにしても、先立つものがある程度必要だから、無理な話かもしれないのだが・・・想像を膨らましている分についてはタダだし、楽しいので・・・。

 

2015/12/24

あまりクリスマスに対して頓着のない我が家であっても、例年はドアに申し訳程度のリースを飾ったり、棚の上に小さなツリーを置いたりと、

それなりにクリスマスとその季節感を楽しんでいたのだが、どういうわけか今年は飾り付けが一切なく、家族の間にもそうした雰囲気も起らず、

必然的に会話にも出てこず、気が付くと「あ、今日はイブなんだ」という程度なのである。

最も敏感なのは福助なのだが、なぜ敏感かと言えば、単に「プレゼント」目当てに過ぎず、気高い宗教性など微塵も感じさせない、

単なる消費経済に毒された不純なクリスマスの亡者に成り果てている。

そう考えてみれば、別にクリスチャンでもなんでもないのだから、クリスマスイブであろうとなんだろうと、まったく関係なく平静に過ごしている

我が家族はきわめて真っ当な家族だと言えるわけだ。

とは言え、ちゃんとサンタさんが来る予定にはなっていて、しっかりと消費化されたクリスマスの片棒を担いでいるんですが・・・

 

2015/12/28

年の瀬も押し迫ったこの時季になって、この国にもあの国にもかなり重要な問題の「解決」を図ったのには、一体どんな意味があるのだろうか。

多くの人がいつもとは違うリズムで生活し、実は仕事よりも私事で慌ただしく動き回るこの時季はくだらないバラエティ番組が多く、

マスコミの報道番組では「今年の十大ニュース」と称して昔のVTRを編集したものを垂れ流すばかり。

このタイミングでの「解決」は、国内の反対派を煙に巻きながら合意を取り付けたことを既成事実とし、さらにこれを「歴史的成果」として確実に実績にしようとする

あさましいまでの「意欲」を感じさせるもので、やはり次なるステップを意識させるものである。

この筋書きは、一体誰が書いているのだろうか・・・。とてもアベちゃんがお考えになっているとは思えないな。

 

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リンゴ電話を更新する。

初めてリンゴ電話を買ったお店で更新したのだが、店員の接客態度が非常に悪く、呆れ果てる。

そんなに悪いのなら、店を変えればいいのに、と思われるかもしれないが、店員のスキル自体には問題がないようなので、とりあえず我慢したのである。

おそらくもう二度とあの店には行くまい。

多分、初めてリンゴ電話を買った2年前は、あのお店も新規開店の時だったこともあって、キャリアの本社からの応援がかなり入っていたのではないだろうか。

そう思わざるを得ないほど、今回不幸にも当ってしまった店員君の接客はまずいのである。

何がまずいのか。例えば、1週間ほど前のこと、店員君がボクに電話をかけてきてくれたのである。

「ご予約いただいたリンゴ電話ですが、今度の土日あたりに入荷すると思います。」

「入荷すると思う」と言われても、困る。店に行って、まだ入荷していなかったら無駄足になってしまうではないか。だからこう答えた。

「分かりました。入荷したらお電話いただけるんですよね?」

店員君は、ボクのその質問に「はい」と答えながら、その後電話はかかってこなかった。

土日を過ぎ出ても結局電話が来ず、痺れを切らしたボクが電話をすると「交通事情のせいか、まだ未入荷です」との答え。

世界の最先端を走っているはずの「林檎」さんが、いったいどういう交通事情で入荷しないのだろうか。船でも沈んだか?ドローンが落ちたか?

でも未入荷なら仕方がないと、さらに数日待ってみるが、何の連絡もない。不審に思ってもう一度電話をすると、「あ、はい、大丈夫だと思います」との答え。

「思います」という答えを電話口で口にすることを良しとしているこの会社は、いったいどういう教育をしているのかと、嫌な疑問を抱く。

不安を抱えつつ、お店に行くと、無事に物は届いていたので、よかったといえばよかったのだが、店員君はお客のボクに対して、まるで友達かのようなノリでの

あまりきちっとしていない接客態度。あからさまに悪いのではない。しかし全体としてクオリティが低く、やはり「悪い」のである。

丁寧は丁寧だが、いまひとつ粗が目立つ。隙だらけ。客の前で、肘をついて話をしないよね、フツー。

ボクは沸点は決して高くない。しかしこの店員君の態度に接して、幸い沸点には達しなかった。しかし、非常に微妙な不愉快さが持続した。

おそらくこの店員君は、自分はできていると思い込んでいるに違いない。お店も、おそらくは、この店員君の問題点を把握できていない。

いや、把握しているかもしれないが、それを「問題」として指摘できていないのだろう。

客の立場からこれを指摘してやろうと、メールで送られてきた「チェック(ちくり)アンケート」に勢いこんで回答しようとしたら、

まったくとんちんかんな設問ばかりで、言いたいこと(クレームとしてとりあげてもらいたいこと)を書ける欄がそもそも設定されていなかった。

これではもうあの店員君の接客を改善する余地がない。残念だが、もう諦めた。彼の将来は、ボクとは何のかかわりもないのだ。

だが、あの店員君の接客では、いずれ彼自身が大きな壁にぶつかることはまず間違いない。

ただ、ああした店員君の出現は、今のこの国の教育の在り方を如実に物語っているようで、すごく違和感を感じた。

この違和感が、ボクだけが感じる単なる思い込みに過ぎないことを祈るばかりである。

 

更新した6代目リンゴ電話Sは問題なく動作中。店員君の接客態度などと、機器の機能は全くリンクしていないのであるが、

リンゴ電話に対するイメージには大きくリンクしている。なるほど、ブランドイメージの維持管理は、結局のところ管理型消費社会と完全に整合性があるんだな。

自由な社会のはずなのに、監視の目に雁字搦めになってしまっているというのは、実に皮肉であり、面白い。

2015/12/31

今年最後の日にして、人生初の洗車機を経験する。

年末年始はなぜか他人の車がとてもきれいに見える。そして自分の車がとても汚れて見える。

こんな汚い車で新年を迎えるのか・・・、といつもあわてて洗車をするのだが、普段あまり車を洗わないので汚れがひどく、洗車するたびに

クタクタになってしまうのである。今年は楽をしたくて思い切って洗車機に挑戦してみることにした。

今まで「洗車機=キズだらけ」というイメージが強かったので敬遠していたのだが・・・

果たして、想像していた以上にあっという間に車がきれいになってしまった。洗車機終了後水切りをしながら確かめたが、

傷などどこにもついていない。なんだ、こんなことならもっと前から利用していればよかった。。。

値段もさほど高くなかったので、もっとまめに洗車しようと認識を改めた。

 

さて、この一年も実にいろいろありました。

来年もどうぞよろしくお願いします。