2015/07/01

7月になってしまった。はやいはやい・・・。

思っていたよりも体力的にハードな一日だった。それでも、懸案事項がいくつかは解消されたと思うので、耐えた甲斐はあったと思う。

 

何か事件があるたびに、その容疑者が「若者」だと、すぐに鬼のような批判が拡がるのに、

容疑者が高齢者となると、どういうわけか「年寄りがおかしい!」という批判は拡大しない。

 

どうも腑に落ちない。

 

「最近の若者は!」と、あることないこと尾びれ背びれをつけてどんどん大きくしていくのに、

どうして「最近の年寄は!」という批判にならないのだろうか。

まして、新幹線の中で焼身自殺を図るなど、ほぼテロに等しい。どうしてこんな身勝手な迷惑行為ができるのだろうか。

若者の範たるべき高齢者がこうしたことでは全く思いやられる。いったい最近の年寄は何を考えているのだろうか。

再教育が必要なのではないだろうか。

思えば、マスコミを「懲らしめる」と、とんでもない勘違いをしている「センセイ」の中には、いい歳のおじいちゃんもいた。

(同世代もいた。実に恥ずかしい。いったい何を勉強してきたのだろうか。)

 

首相だって60過ぎの爺さんだ。(若いですか?若くないですよね?還暦過ぎてますもんね?)

 

こうした言葉は、言い過ぎですか?失礼ですか?

 

2015/07/03

今日はなぜか身体がだるく、閉じこもっていた。まあ、こんな日もある。。。

2015/07/04

昨日のように閉じこもっていられない一日だった。

朝、名刺を持ってくることを忘れたばっかりに(一旦取りに引き返すには、気づくのが遅すぎた)、その後の段取りと考え事をしていたおかげでうっかり電車を乗り過ごし、

このクソ蒸し暑い日に駆け足をしなければならない羽目になり、駅の階段で財布の中身をブチまけ・・・と散々な目にあったけれど、それなりに収穫もあったので、

まあ良しとしようか。

2015/07/07

昨日、学校から帰ってきた福助が頭痛を訴えた。微熱もあるようだ。

幸い行きつけの病院が夜の7時まで開いていたので、そこに連れて行ったところ、「軽い風邪でしょう」との診断を受ける。

「微熱なら学校に行っていいよ」とお医者は言っていたように思うのだが、結局、今日、福助は学校を休んだ。

「学校を休んだんだから、ゲームとかやっちゃダメだぞ」とクギを刺すと、「わかってるわかってる」と調子よく返事をして、

枕もとにトランプやら漫画やら時刻表やら音楽プレイヤーを広げて、自分の世界に入り込んでいた。

子どもの頃の自分を見ているようだった。

 

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鹿児島の原発に燃料が装填され始めた。

メンツのために破格のスタジアム建設にゴーサインが出た。

世の中、見切り発車だらけだ。こんな乱暴なことで大丈夫なのだろうか。いや、きっと、大丈夫じゃないんだろうけど、

そのツケはこの決定をした人たちはきっと負わないのだろう。

2本のアーチのうち、1本は「モリ・アーチ」と呼ぼう。もう1本は「アベ・アーチ」と呼ぼう。

2015/07/08

福助は風邪から回復し、朝から学校に出かけて行ったようだ。

風邪というよりも疲れが出たと言った方が妥当なようだ。

 

急な宿題が降ってきて、慌てている。慌てつつ頭を抱えている。

ん~・・・どうしようかなぁ・・・。

本質的なことよりも、表現上の問題が問われているようにも感じる。

 

結局のところ、どんなふうに作文するかが問われているように思えるので、落ち着いて考えよう。

よくよく考えてみれば、そもそもその程度の作文に拘ることの方が問題じゃないかと思うけど、まあ、そこで闘ってもどうにもならないので、それはそれとしよう。

 

2015/07/09

なんで気がついてあげられなかったんだろうと、周りの大人は口にするが、

そんな言葉を彼の「氏」の後に言ったところで、まったく何の役にも立たない。「後の祭り」とはこのことである。

気が付いてあげられなかったのではなく、気が付かなかったのである。いやおそらくは身近な人間は見聞きしていたのだが、気が付いていなかったのである。

気が付かないことにしていたに違いない。

 

実に「問題」とは社会的に構成されるのだ。

 

いじめを苦にしたと思われる少年の自殺を巡り、マスコミは(おそらくはネットも)学校と教師への「いじめ」を加速させている。

「いじめ」を非難しながら、その言説は実に「いじめ」的な構造の中にある。より強い権力をふるう者が弱者を情け容赦なく逃げ場のない瀬戸際に追い込み、

決して許そうとしない。許されるのは、弱者が何らかの謝罪的行為を示した場合に限られる。それはほとんど「私刑」に近い。結局、同じ穴のムジナということだ。

この社会構造そのものが「いじめ」を容易に生み出し、私たちはそれらを抑止できない権力関係にがんじがらめになっているということだ。

実に救いのない世の中だ。

 

いじめ対策の法律は、施行されてまだ日が浅いにもかかわらず、すでに現場において形骸化していることが露呈した。これはまったく予測していたとおり。

法律によるいじめ対策なんて、端っから無理に決まっている。それは「対策をしていますよ」というお役人と政治家の「おためごかし」に過ぎない。

いじめられて苦しんでいる、当のこどものためには、まったく何も役に立っていなかったということだ。

いじめを知っても、どう対処すべきかを知らない教員は、まさに「なかったこと」にするしかなかったのだろう。

「なかったこと」で済むのなら「気が付かなかった」ことにして、嵐が過ぎ去るのをじっと待っていたが、「急展開」してしまったために「問題」として露呈してしまい、

「体調不良」に陥ったという、もう、見事なまでのストーリーである。さらに管理職は「知らなかった」と言い切る始末。当の教員を守ろうともしない。

しかしそれは管理職としての能力の欠損と職務の放棄を自ら認めたようなものである。あの校長はそのことを自覚しての発言なのだろうか。いや、自覚できていまい。

自覚できていれば、そもそもこういう事態には陥っていないはずなのだ。

 

文科省はこれを受けて現場に直接介入するのだろうが、そんなことをしても結局現場は混乱するだけだろう。

実際に問われるのは、当の学校の管理職の危機管理能力と、地方教育行政当局の腹の括り方だろう。それこそがまさに「能力」そのものだろう。

 

安全保障法制をめぐっても、エネルギー行政をめぐっても、オリンピック行政をめぐっても、政府(=権力)が弱者(=国民)をいびり倒す構図に何ら変わりはない。

ボクたちは、一部の人のエゴを満足させるために、直接間接に命に関わるリスクを覚悟の上で、やつらに差し出すしかないのだ。

「助けてよ」と声を上げても、誰も何も気づいてくれないのだ。政治家も見て見ぬふりなのだ。

少なくとも今の世の中で、真に弱者の味方になってくれる権力者など皆無である。

実に絶望的な社会である。

この世の中は「いじめ社会」なのだ。

 

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気が付くとあっという間に時間だけが経過している。なんと無為な時間を過ごしていることか。

 

やらなければならないことを目の前に用意しながら、なぜかまったく関わりのないことばかりに追われている。

半ばパニックになりながらも、実は「無理だ」と言われていたことが、交渉次第ですんなり通ることが分かる。案外何でも相談してみるものだ。

 

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夕方にはとある中学生と人生ゲームに興じた。

初回は所得額でトップになったものの、2回目では多重債務者となりダントツのビリになってしまった。

中高年になってからの人生ゲームは、あまりにリアルすぎて痛い。

もしかしたら、大の大人が1日中かかってするような、非常にきわどくもリアリティにあふれた「人生ゲーム・ザ・リアル」でも企画して売り出したら、

大ヒットするのではないかと、ふと思う。

2015/07/12

7月10日の走行距離:26.0km、所要時間:1時間30分、最高速:45.6km/h、平均速:17.9km/h

7月11日の走行距離:11.8km、所要時間:55分、最高速:32.8km/h、平均速:13.2km/h、今年の累積走行距離:約1557km

 

スタジアムの建設費用が法外な値段になってしまったのは、審査プロセスに問題が杜撰で審査委員長がいい加減だったからだと、お大臣は仰っている。

スタジアムのデザインが決まったのは、先の与党の時代であって、わが党は知らないことだと、センセイ方は仰っている。

(今のデザインのままであれば)設計の変更は難しいし、第一、間に合わないとアベクンは仰る。

 

こんな単純な悪ガキの言い訳を鵜呑みにしてよいのだろうか。

キールアーチを2本も作ろうとするから工期が間に合わないのであって、アーチも天井もない、普通のスタジアムなら、今のこの国の技術の粋を集めれば

間に合わないということは考えられない。

審査プロセスがいい加減だとおっしゃるが、そんなふうにならないように監督官庁があるのであって、今さらずさんだったという指摘は、

自らの怠慢を告白しているようなものだ。審査プロセスがずさんなのではなく、監督官庁そのものが杜撰なのだ。

わが党は知らないと嘯く輩には、鉄槌を下したい。わが党が知らないのなら、開催を返上してそこにかける費用を廃炉と復興に投入すべきだ。

 

結局は責任の擦り付け合いなのだ。

なんか、自〇党って、感じ悪いよね。

 

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昼過ぎから福助が再び体調を崩す。なかなかすっきりしない。

2015/07/13

隣の国の出来事だが、その口実はいつかどこかで見聞きしたのと瓜二つ・・・。

お~、こわいこわい。

 

今日の会議で学んだこと。

・特に誰も「議事の妨害」などしなくても、会議時間が3時間以上に及びうること。

・これだけ時間をかけても、何も決まらないこと。そしてそのことについて誰も非難の声を上げないばかりか、だれも責任を取ろうとしないこと。

・文字通り「机上の空論」というものが存在すること。そして会議参加者の多くがそのことを自覚していないらしいこと。

・この世の中に、こうも馬鹿馬鹿しいことが、いまだに存在していること。

・時間は簡単に浪費しうること。

・大人の感情的議論は実にみっともないこと。

 

まあつまり、実にくだらなかったということだ。

ボクはボクなりにこの時間を有意義に利用させてもらったけれど・・・(笑)

 

2015/07/15

大事な採決の日だから、ボクたちから強制的に視聴税を徴収している某公共放送は朝から国会中継をするだろうと思っていたら、

まるっきりそんなことはなかったんですな。

AMラジオでもやっているのかと思ったら、どうやら放送していない様子。

いったい何のための「公共放送」なのだろうか。「政府広報」じゃないよね?

受信料、返してほしいわ。まじで。

もうちょっと「報道機関」としての姿勢を考えてもらいたいものだ。

 

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今日も福助は微熱が下がらず、お腹をこわしていたので、学校を休んだのだが、そのおかげで強行採決の生中継だけは目にすることができた。

議場がブラウン管に(そう、我が家はいまだにブラウン管なのだ)映し出された瞬間に、センセイたちがプラカードを掲げてパフォーマンスに精を出されている。

「いや~、すごいね~」と親子で呆れた状況を目の当たりにした。

 

数で上回る以上、最終的にこうなることは既定路線であるとすれば、行くところまで行くしかないということか。

2015/07/15 extra

なるほど。強行採決で無理をした分、競技場では妥協しようという魂胆か

実にわかりやすい。

 

「このままではまずいです」という口実なら、ラグビーおじいちゃんも、納得ということか。

つまりこの国の政府は、崇高なはずのオリンピックの精神を、軍靴の響きの出汁にしたということだ。

 

そう言えば、かの国家社会主義ナントカ労働者党も国威発揚の機会としてオリンピックを活用したんだった。

歴代の首相と比べて白髪の少ないあべちゃんは、もう少ししたら、ひげを生やして貫録をつけようとするに違いない。

ほら、想像してごらんよ。

実に、あの歴史的な「独裁者」に似ているじゃないか

 

2015/07/17

子どもたちは明日から夏休みのようだ。大変羨ましい。

 

ボク自身はいろいろと切羽詰ってきているので内心穏やかではない。

あまり考えすぎると、どんどん暗くなるので、楽しいことを考えるようにしている。単純だが、効果は絶大だ。

 

競技場がゼロ・スタートになったことは大変喜ばしい限り。

ただ、異論噴出の安保法案はゼロ・スタートにしないところを見ると、「とりあえずガス抜きしておこう」という下心がミエミエで、その辺、非常にアベちゃんらしい。

ほんの数日前には「計画変更なんか絶対無理だ」と言っていたのに、だ。

もう、なりふり構わないんだな。何が何でも、アメ公との約束を守りたいんだ、アベちゃんは。ボクらよりもアメ公優先なんだな。あっちの議会で大見得切っちゃったもんな。

だったらこっちも、安保法案をダシにして、いろいろと妥協を迫るのも一案かもしれない。TPPにマイナンバー、年金に少子化対策、なんでも・・・

あ、いや、沖縄だけはダメかもしれない・・・

 

それにしても、いろんな人のいろんな言い訳を聞いていると、とても面白くて笑ってしまう。

「オレはデザインだけだ」とか、

「ラグビーは関係ない」とか、

「私のデザインのせいじゃない」とか、

みんな「私は悪くない。私は関係ない」と必死になっている。

「言われたとおりにしただけだ」というアイヒマンの言い訳にも通じるように思う。

アーレントの言う「悪の凡庸さ」とはこういうことなのだろうか。

こういうのを、「ミットモナイ mittomonai」という。「モッタイナイ mottainai」に引き続いて、ぜひ世界に発信しよう。

 

どうせなら、競技場新設は諦めて、埼玉や神奈川の既存施設で代替することにして、跡地は芝生広場にしてしまえばもっといいのに。

金がかかってしょうがないんですよ。と言い訳すれば、だれも文句は言うまい。

いや、どうせなら、原発の廃炉と震災の復興にもっと注力したいから、やっぱりオリンピックはやーめた、と放り出してほしいものだ。

きっと世界の誰も文句は言うまい。

オリンピックで食ってる人は、そうはいかないだろうけど。そしてそれが最大の障害なのだろうけれど。

2015/07/18

出かけた先の駅前で「安倍政治をゆるさない」というプラカードを身に着けた人がチラシを配っていた。

ボクはあまりこの手のチラシはもらわないのだが、今日は自分からもらって読んでみた。

 

思い起こしてみれば安倍ちゃんは嘘ばっかり言っていた。

「消えた年金」問題では1年以内に解決するといい、

フクイチの事故については「everything is under controled」と言っていた。

つい最近も競技場の建設計画は「絶対変更しない」と言っていたではないか。

それが「白紙撤回」になったのだ。

 

彼の「徴兵制度はありえない」といった発言は、本当に信用できるのだろうか。

明日になったら「やっぱり徴兵制度を復活させると決断いたしました」とぶら下がりで言い放ちそうだ。

 

2015/07/20

あれあれ、支持率なんて関係ないと、開き直っちゃった

もっとも、あのおっさんたちにとっては、支持率なんて関係ないはずだ。

だって、もう廃案にさえしなければ、60日後には成立するシステムにまんまと乗っけることに成功したからだ。

だからここ最近は、銀座あたりで勝利の美酒に酔っているに違いない。

気にしなければならないのは、軍産複合体からの「支持率」で、庶民からの「支持率」など眼中にないはずだ。

そういう顔をしているではないか。

 

だから、もう「丁寧に説明」してもらう必要などないのだ。

それこそ、支持率浮揚のためのおためごかしにすぎない。

本当に支持率の上昇を期するなら、競技場同様ゼロベースにするしかないのだから。

 

 

2015/07/24

連日の暑さに身体がついていかない。

やれやれ・・・

 

自分も含めて家族の誰かが少しずつ体調を崩している。

寝込んでしまうほど決定的には崩れないので、かえって性質が悪い。

2015/07/27

半分こういうことになるであろうことは予想していたのだが、その予想を上回っていろいろと詰まってきてしまって、

このところ、後から思い返すと1日が2日分ぐらいの密度で過ぎて行っているような気がする。

昨日あったことが、一昨日に起こったことじゃなかったかと、思ってしまうくらい。

用事がたくさん詰まっているというよりも、一つ一つのことが重くて、変に気を遣っているので、非常にくたびれてしまう。

 

そんなわけで、脳内は半分パニックを起こしているようなところを何とか抑え込んでいる状態なので、変な夢を見る。

一昨日は、なぜか指導教員と先輩と3人で何やら話し込んでいるときに「安倍が辞めた」という情報が入り「なに!?安倍が辞めたって!?こりゃまた大変だ!」と

大声を上げたところで目が覚めたのだが、朝のニュースを見たら辞めておらず、心底ガックリきてしまった。

 

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右寄りの新聞まで記事にしているあたり、やはりいくらなんでもひどすぎるということか。それとも、まったくそのとおりと賛辞を寄せたつもりだろうか。

「法的安定性」を欠くとどうなるか、という事例、実はボクはそういう例を結構身近なところで見聞きしてきた。

一応のルールはありながら、その解釈と運用が場渡り的に「特例」として通っていってしまう、いや、通してしまう、あるいは通しても誰も声を上げないと言った方が

正確かもしれない。とにかく、一つ一つの対応事例が、なし崩し的な「特例」の山となっていってしまった時に、組織としてのすべてが大きく毀損されてしまうリスクが高く、

非常に問題があると、理屈抜きに,直感的に感じるのである。

「特例」の蓄積は、むしろないほうがいい。そんなことよりも、しっかりとした人を現場に立たせることが大事だと考える。

 

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それにしても毎日暑い。暑すぎてボクは自転車に乗る気力さえ失せている。できるだけ汗をかかないようにゆっくりのろのろと動作するようにしている。

2015/07/29

切羽詰まった感がハンパないが、何とかギリギリで切り抜けている感じ。

だが、ボクのこれまでのパターンでは、ギリギリでかわしつつも、最終的にはドツボにはまるので、やはり今回もそうなるのではないかと、戦々恐々としている。

 

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やはり夏休みは、「夏休み 子ども科学電話相談」に限るが、今年の夏は「国会中継」も聞き逃せない。

クルマのハンドルを握っている間は、ずっとAMに聞き入っている。

 

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「イージス艦を1隻建造するより、トマホークを1000発買ったほうが安くて抑止力にもなるが、どうだ」ととんでもないことを口にする右爺の戯言を聞いてびっくりする。

あいつらは完全に「先制攻撃モード」である。

やはり、どこかその辺の国と一戦交えたくてウズウズしている元軍国少年が、密かに沢山いるに違いない。

「奴らが攻めてきたらどうする?」「弾道弾を100発以上打ち込んできたらどうする?」と、さもありそうな話をするが、冷静に考えればそんな状況はあり得ない。

もしそんなことが政治的にも可能ならば、とっくにどこかの国がどこかの国に撃ち込んでいる。

これだけ核弾頭を互いに抱え込んだ状況で、そんな子どもじみた、いや、狂気じみた戦争を想定するなど、政治家としての役割を放棄しているとしか思えない。

武力による紛争解決を放棄したのだから、それなりに頭を使って、足を使って、懸命になって働いて交渉して、この国を守るのが政治家の先生どもの役割のはずなのだが。

主戦派役人に取り込まれ、軍産複合体からの金にまみれて、言いなりのお人形になっているとしか思えないセンセイが哀れでならない。

 

「10本の法案を一つにまとめて採決するのはインチキだから、きっちり分けて議論しろ」という指摘は、まさにごもっとも。タリーズのコーヒーが飲みたくなった。

「1本1本ずつだと、整合性が取れないから、まとめたんだ」という官僚が書いた作文を丸読みしているようじゃ、「丁寧にご説明申し上げます」と言っていた言葉が

実に虚しく響く。

やはりあべちゃんは、どこまで行ってもあべちゃんなんだな。